自動運転の未来がついに日本の路上で現実のものとなりつつあります。2025年は、レベル4の自動運転バスがすでに公道を走り始め、海外からは先進的なロボタクシーがテスト走行を開始するなど、多くの人が「未来の乗り物」を肌で感じられるようになった記念すべき年です。この急速な変化は、単なる技術の進歩だけによってもたらされたわけではありません。日本政府がこれを国家戦略と位置づけ、官民一体となって「モビリティ革命」を推し進めている結果です。特に、車がソフトウェアによって定義され、スマートフォンのように進化し続けるSDV(Software Defined Vehicle)は、この革命の中核をなすコンセプトです。
本記事では、この大きな変革期を「政策・技術・実証」という3つの視点から多角的に分析します。激化するグローバル競争の中、日本は2030年までにSDV市場で30%のシェア獲得という目標を掲げています。まさに「社会実装元年」と呼ぶにふさわしい2025年、日本がどのように未来のモビリティを切り拓いていくのか、その現在地と今後の展望を詳しく見ていきましょう。
日本の自動運転技術は、SAE(米国自動車技術会)が定める国際基準のレベル0から5の分類に沿って、着実に開発が進められています。特定の条件下でシステムが運転を担うレベル3は、すでに市販車にも搭載されています。その先駆けとなったのが、ホンダが2021年3月に発表した「レジェンド(LEGEND)」です。このモデルには世界で初めて認可されたレベル3技術「Honda SENSING Elite」が搭載され、DMPのHDマップを活用することで高速道路でのハンズオフ走行を可能にしました。
そして現在、日本の挑戦はさらにその先、特定のエリア内で運転手が不要となるレベル4の社会実装へと向かっています。その象徴的な事例が、福井県永平寺町で2023年5月から運行している国内初のレベル4自動運転サービスです。さらに2025年2月には、茨城県ひたち市で中型バスによるレベル4の営業運行がスタートし、約6.1kmという国内最長のルートで実用化を果たしました。
これらの成功事例を足がかりに、政府は2025年度までに全国50カ所、2027年度までには100カ所以上で同様のサービスを展開するという目標を掲げており、日本各地で自動運転が日常の風景になる日もそう遠くないかもしれません。
日本の自動運転開発は、個々の企業の努力だけでなく、政府による強力なリーダーシップに支えられています。その中核をなすのが、2024年5月経済産業省と国土交通省が共同で策定した「モビリティDX戦略」です。この戦略は、SDVのグローバル販売台数における「日系シェア3割」の実現という野心的な目標を掲げ、①協調領域での開発加速、②ソフトウェア中心の産業構造への転換、③半導体供給網などの経済安全保障強化、という3つの柱を明確に示しています。
■ 社会実装を可能にする法整備
この国家戦略を実現するため、具体的な法制度の整備も同時に進められています。まず、2023年4月に施行された改正道路交通法は、レベル4自動運転の公道走行を正式な「許可制度」として創設しました。これにより、事業者は明確な法的根拠のもと、自動運転サービスを事業として展開できるようになりました。
■ SDV時代の新たな安全基準:サイバーセキュリティ規制
さらに、車両のSDV化はOTAによる利便性の向上と同時に、サイバー攻撃のリスクという新たな課題を生み出しました。これに対応するため、日本は国連の国際基準である**UN-R155(サイバーセキュリティ)およびUN-R156(ソフトウェアアップデート)**を国内法に迅速に導入。自動車メーカーに対し、車両の設計から廃棄までのライフサイクル全体を通じたセキュリティ管理体制(CSMS/SUMS)の構築を義務付け、デジタル時代の新たな安全基準を確立しました。
■ 挑戦を後押しする支援策
こうした制度設計と並行し、政府は「RoAD to the L4」プロジェクトのような国策事業を通じて先進事例の創出をリードするほか、地方創生推進交付金やデジタルインフラ整備基金といった多様な支援策を展開。規制と支援の両輪で、社会実装を強力に推進しています。
国の戦略や法整備が整う中、社会実装の動きも全国各地で活発化しています。特に、交通課題を抱える地方での先行事例から、物流の効率化を目指す大規模な実証、そしてそれらを支える基盤技術の開発まで、多岐にわたるプロジェクトが同時並行で進んでいます。
地方交通のモデルケース(福井県・茨城県):
福井県永平寺町では、2023年5月から国内初となるレベル4自動運転バスの商用運行が開始。電磁誘導線を活用し、安定した運行を実現しています。また、茨城県日立市では2025年2月から、より大型の中型バスによるレベル4運行がBRT路線で実用化され、地域交通の新たな可能性を示しています。
物流・都市部での挑戦(新東名高速・愛知県):
新東名高速道路の一部区間では、トラックのドライバー不足解消を目指し、後続車無人の隊列走行(レベル4相当)に向けた大規模な実証が進められています。一方、愛知県では、名古屋市の都心部や中部国際空港周辺、多数の歩行者が行き交う公園(モリコロパーク)など、特性の異なる多様な環境でロボタクシーや歩車共存の技術検証が行われており、より複雑な都市環境への適用を目指しています。
従来の自動運転は、人間が設定した無数のルールに従う「ルールベース」方式が主流でしたが、予期せぬ状況への対応に限界がありました。この課題を克服するため、現在はAIが膨大な走行データから運転操作を直接学習する「データ駆動型」へと開発の重心が移っています。特にトヨタは、NVIDIAとの提携を通じて同社のAI開発基盤「Cosmos」などを活用し、複雑なシナリオをAIに学習させることで、より人間に近い柔軟な運転判断能力の実現を加速させています。
HDマップ(高精度3次元地図)は誤差数センチという驚異的な精度で道路の形状や車線、標識などを記録した「道路のデジタルツイン」です。日本では、主要自動車メーカーなどが共同出資したダイナミックマッププラットフォーム(DMP)が全国の高速道路・自動車専用道路約32,000kmの整備を完了させ、標準化されたデジタル基盤を構築しています。走行中、車両はHDマップ情報とセンサーで得たリアルタイム情報を照合することで、GPSだけでは不可能なセンチメートル単位での正確な自己位置推定を可能にします。
クルマが互いに、そして道路と通信するV2X(Vehicle to Everything)は車載センサーだけでは検知できない死角の車両や先の交通状況などを共有し、安全性を飛躍的に高める技術です。日本は世界に先駆けて760MHz帯をITS向けに導入しましたが、現在は国際標準である5.9GHz帯への対応が重要な国家課題となっており、総務省主導で2030年頃の実用化を目標に周波数の割り当てを推進しています。
日本の自動運転戦略は、官民一体の体系的なアプローチという強固な基盤を持つ一方で、開発速度と投資規模の面で米国・中国に劣後するという構造的な課題に直面しています。このギャップを埋め、2030年のSDV市場シェア3割という野心的な目標を達成する鍵は、まさに「モビリティDX戦略」にあります。本戦略は、高精度地図やAI開発基盤といった「協調領域」に官民のリソースを集中させることで開発効率を高めると同時に、V2Xやサイバーセキュリティ分野での国際標準化を主導し、日本の技術的優位性を確保することを目指しています。2025年は、日本の自動運転が「実証」から「実装」へと本格的に移行する転換点であり、今後、都市部でのロボタクシーや幹線物流の自動化といったフラッグシップ・プロジェクトを成功させ、ハードウェア中心からソフトウェア・サービス中心への迅速な産業構造転換を実現できるかが、日本のグローバル市場における競争力を左右する試金石となるでしょう。
自動運転の社会実装には設計、検証、実装、運用まで一気通貫で回せる体制が不可欠です。AUTOCRYPTはUN R155/R156・ISO/SAE 21434を軸にCSMS/SUMS構築からECU・HSMの実装、OTAと鍵管理、実車/HIL環境でのセキュリティ検証、運用監視までをカバーする技術を持っています。日本市場に最適化したドキュメントとプロセスで自動車サイバーセキュリティの構築・検証ソリューションを提供します。企業環境に合わせた具体的な提案も可能ですので、まずはお気軽にご相談ください。[お問い合わせ]